アドラー心理学によるファシリテーション

「怒り」の感情に対処する

「怒り」の感情に対処する

怒りの「目的」

前回は「怒り」の感情について、「怒りは特定の相手に、目的をもって、使われる」というアドラーの考え方に基づき、特に「使われる」という点に注目して考察しました。今回は「目的」の部分に注目したいと思います。
アドラー心理学では「人間の行動には目的がある」として、怒りの行動にも「目的」があると考えます。つまり、怒ることで成し遂げようとしていた何かがあるはずだ、というのです。

 

その怒りの目的ですが、大別すると以下4つに分類されるとしています。

  • 支配
  • 主導権争いで優位に立つこと
  • 権利擁護
  • 正義感の発揮

ここで注意したいのが、4つめの「正義感の発揮」。怒りの目的を考えるとき、例えそうでなくても、自己正当化のためにたやすく「正義感の発揮」として片づけてしまうことが少なくありません。ですから、「これに該当するかな…」と思う時は一旦保留した方がよさそうです。

よって「怒り」の目的を考えるときは、まずは「正義感の発揮」以外の3つで考えてみる。そして、怒りの感情が湧いたとき、「ひょっとして、自分はいま相手を支配しようとしてるのでは…」「相手から主導権を奪って、優越感に浸りたいだけかも…」「怒ることで単に自分の権利や利益を守りたいだけなのかも…」と一瞬振り返ってみると、「怒り」ではない、より建設的な対応が必要だと感じられるのではないでしょうか。

このように考えると、巷でよく聞く「君のためを思って言ってるんだ!」とか「あなたのために言ってるのよ!」という一見、相手への貢献を示唆した怒りの言葉もけっこう怪しく聞こえてきませんか?

アドラー心理学では、他者をコントロールすることを良しとしません。その点、「怒り」とは自分の目的のために他者をコントロールする道具として使われる傾向が強いのだと指摘しておきたいと思います。